戻る 鹿児島県南さつま市坊津町
島津日新公のいろは歌
島津日新斉忠良公 |
明応元年9月23日(1492年)伊作亀丸城に生まれ、幼名菊三郎。21歳のとき伊作、田布施城主となり三郎左衛門忠良と称し、36歳のとき髪をそり相模守入道日新斉と号する。(1532年生まれの織田信長公の一世代前の武将である) その後、出水の島津実久の軍と加世田別府城で戦い1539年正月これを破り、加世田城主(現南さつま市加世田)となる。 薩摩を統一し島津氏が戦国大名の第一歩を踏み出す。息子の貴久公が本宗家守護職第15代を承継し、孫の義久(16代)と繋がっていく。 義久公の弟義弘公は関が原の合戦で徳川家康本陣をの正面を突っ切って島津豊久等多くの将兵を失いながらも伊井直政などの多くの武将に負傷を与え戦場を逃れた「島津の退き口」と呼ばれる薩摩武士の勇猛を天下に示した。 日新公は文武、神,儒、仏三教をきわめ、善政をひいた「薩摩の聖君」と呼ばれる。 中でも「いろは歌」は天文8年から14年ごろの作で、藩政時代から薩摩武士、士道教化、師弟教育の教典となった。今の時代にも通じる多くの教えを含んでいる。 高校生時代を加世田で過ごした者にとっては薩摩の殿様といえば日新公だった。 三年間過ごした下宿の床の間にも第一首「いにしえの・・」という一首が掛かっていた。下宿の御主人から日新公の話を教えていただいた。 |
歌 | 大意 | |
い | いにしえの道を聞きても唱えても 我が行いにせずばかいなし | 昔の賢者の立派な教えや学問も口に唱えるだけで、実行しなければ役に立たない。実践実行がもっとも大事である。 この歌は薩摩藩教学の金科玉条となったもので、47の代表名歌である。 |
ろ | 楼の上もはにふの小屋も住む人の 心にこそはたかきいやしき | 大きなお城に住む身分の高い人、金持ちでも心が卑しかったら尊敬できない。 貧しく小屋に住む人でも、心が清く正しく高尚であれば真に仰ぐべき人である。 心のあり方によって人の真価が決まるのであるから、心を正しくもて。 |
は | はかなくもあすの命をたのむかな 今日も今日もと学びをばせで | 用があるといって明日にのばし、明日はあすとて疲れたといって次に延ばし、一向に勉強せずに日々を送るのは心得違いである。 毎日毎日勉強せよ。 |
に | 似たるこそ友としよければ交らば われにます人おとなしき人 | 友人を選ぶ時は、自分と似ている者を選びがちだが、自分を向上させるためには 自分より優れた見識を持つ人を友とするのが良い。 |
ほ | ほとけ神他にましまざず人よりも 心に恥じよ天地よく知る | 神も仏も自分自身の心のありようと同じものである。他人よりも自分の良心に恥じよ。 他人が知らないと思って恥知らずになってはいけない。 天地神仏は全てのことを見通している。良心を恐れよ。 |
へ | 下手ぞとて我とゆるすな稽古だに つもらばちりも山とことのは | 自分がいろんなことに下手だと卑下して努力を怠ってはいけない。稽古さえ積めば少しづつ進歩して、遂には上手になれる。 ちりも積もれば山となるとのたとえもあるではないか。 |
と | 科ありて人をきるとも軽くすな いかす刀もただ一つなり | 科(罪)のないものをもちろん切ってはならないが、たとえ罪があってその人を死刑を行うにあたっても、軽々しく行ってはいけない。 殺人剣も活人剣も君主の心一つで決まるものである。 |
ち | 知恵能は身につきぬれど荷にならず 人はおもんじはずるものなり | 知恵や芸能は身につけても荷にも、邪魔になるようなものでもない。 多くのものをならって上手になるべきである。 世の中の人はその人を見て尊敬し、かつ己の及ばないことを恥じるであろう。 |
り | 理も法もたたぬ世ぜとてひやすき 心の駒の行くにまかすな | 道理が通らず法も行われない乱世であっても、自分ひとりは正道をふんで 克己心を奮い起こして正義と人道を守り通せ。 自分の心の向くままに自暴自棄になって勝って放題するものではない。 |
ぬ | ぬす人はよそより入ると思うかや 耳目の門に戸ざしよくせよ | 盗人は他所から入ってくると思っているかもしれないが、本当の意味での 盗人は耳や目から入ってくるものだ。目や耳によく戸締りをせよ。 人の心の良知良能を良く保護、育成しなさい。心の鏡を磨き誘惑を退けよ。 |
る | 流通すと貴人や君が物語り はじめて聞ける顔もちぞよき | たとえ自分がよく知っていることでも目上の人の話は、初めて聞くという顔で 聞くのがいい。 決してその話は知っていることを言葉に出したり、顔に出したりするな。 |
を | 小車のわが悪業にひかされて つとむる道をうしと見るらむ | たとえ自分がよく知っていることでも目上の人の話は、初めて聞くという顔で聞くのがいい。 決してその話は知っていることを言葉に出したり、顔に出したりするな。 |
わ | 私を捨てて君にしむかわねば うらみも起こり述懐もあり | 君に仕えるには全く一身をささげて我を捨てなければ、恨みも起こり不平不満もでる。 自分の一身をささげて君に仕えよ。 昔の武士が馬前に命を落とし殉死したのはこの考え方に従ったものである。 |
か | 学問はあしたの潮のひるまにも なみのよるこそなおしずかなれ | 学問をするには朝も昼も間断なく修めなければならない。夜が一番いい。 |
よ | 善きあしき人の上にて身をみがけ 友はかがみとなるものぞかし | 人は自分の行いの良し悪しを知ることは難しいが、他人の行いの善悪はすぐに目に付く。日ごろ交わる友人を見て良いことはこれを見習い、悪いことは反省せよ。そして自分の徳性を磨け。 |
た | 種となる心の水にまかせずば 道より外に名も流れまじ | 私利私欲にかられて世の中の事を行えば、道に外れて悪い評判もたつ。 この悪の種を刈り取って、仏の教えに従って正道を行え。 |
れ | 礼するは人にするかは人をまた さぐるは人をさぐるものかは | 礼を人に尽くすことは人に尽くすことの他に、自分を正しくして己を敬うことである。 天を敬って己を慎む心を養え。 |
そ | そしるにも二つあるべし大方は 主人のためになるものと知れ | 臣下が主人の悪口を言うののは二通りある。主人を思うあまり言う悪口と自分の利害から来る悪口である。主人たるものは良く判断して自分の反省の資とすべきである。 |
つ | つらしとて恨みかえすな我れ人に 報い報いてはてしなき世ぞ | 相手から仕掛けられたことがどんなにつらくても相手を恨みを返してはならない。 次から次へと恨みが続いていきよくないことである。 恨みには徳を持って対処すべきである。 |
ね | ねがわずば隔てもあらじいつわりの 世にまことある伊勢の神垣 | 偽りの多い世の中、伊勢の皇太神宮は偽りのない神である。正しいものは正しく、曲がったものは曲がったようになさる。願う側が心の内に無理な願いを思い起こさねば分け隔てなく願いをかねえてくれる。 |
な | 名を今にのこしおきける人も人も 心も心何かおとらん | 後の世に名をのこした名誉ある人も、人であって我々と違いはない。心も同じであるから我々とて及ばないということはない。 勇気を出して奮起して頑張ることが必要である。日新公の自戒の歌であるとともに励ましの言葉。 |
ら | 楽も苦も時すぎぬれば跡もなし 世に残る名をただおもうべし | 楽しいことも苦しいことも永久的なことではなく、そのときが過ぎれば跡形もない。その困難に耐えて自分の節を曲げず、世の為国のために一身を粉にして尽くすべきである。 ただ後世に名声をのこすことを心がけよ。 |
む | 昔より道ならずしておごる身の 天のせめにしおわざるはなし | 昔から道に外れておごり高ぶった者で天罰を受けなかったものはない。人は正道をふんでおごりを遠ざけ、神を敬い教えを守っていきなさい。 |
う | 憂かりける今の身こそはさきの世の おもえばいまぞ後の世ならむ | いやなことの多い現世は前世の報いの結果である。現世の行の報いは後の世の姿である。現世の行いを大切にしなさい。仏教は因果応報の教えを説いている。 |
ゐ | 亥にふして寅には起くと夕霧の 身をいたずらにあらせじがため | 亥(午後10時)に寝て、寅(午前4時)に起きると昔の本に書いてある。朝早く起きて夜遅く休むのも、それぞれの勤めを果たすためである。 時間を惜しんで勤労すべきである。 |
の | のがるまじ所をかねて思いきれ 時にいたりて涼しかるべし | 君がため国のため命をかけなければならないときがやってくる。日ごろから覚悟を決めておけば、万一の場合にも少しの未練もなく気持ちが清らかであろう。武士の平生の覚悟を諭したもの。 |
お | 思ほえず違うものなり身の上の 欲をはなれて義をまもれひと | 私欲を離れて、正義を守って行動せよ。私欲を取り去って心の鏡を明らかにすると迷うことはない。 私たちは私利私欲の闇に迷い込みやすいから用心して心を磨きなさい。 |
く | 苦しくとすぐ道をいけ九折の 末は鞍馬のさかさまの世ぞ | どんなに苦しくても、悪事を行ってはいけない。正道をいきなさい。鞍馬のつづら折の道のように曲がった道を歩んだものは、まっさかさまに闇の世界に落ち込むような目にあうものである。心正しい正道を歩みなさい。 |
や | やわらぐと怒るをいわば弓と筆 鳥と二つのつばさとを知れ | 穏やかと怒るをたとえれば、文と武である。これらは鳥に二つの翼があるように自由に飛ぶために必要な二つの要素である。 どちらか欠いても役に立たない。寛厳宜しく使い分けて政治を行うべきである。 |
ま | 万能も一心とあり事ふるに 身ばしたのむな思案堪忍 | ことわざに「万能一心」というのがある。いかに万能に達するとも一心が悪ければ役にたたない。 君に仕えるためには、自分の才能にたのんで自慢めいた言動をしてはならない。 良く思案して堪忍して使えることが必要である。 |
け | 賢不肖用い捨るつという人も 必ずならば殊勝なるべし | 賢者を登用し、愚か者を遠ざけて政治を行えば、口に唱える人もその言葉どおり実行できるならば誠に素晴らしいことである。実行はなかなか難しい。 |
ふ | 無勢とて敵をあなどることなかれ 多勢と見ても恐れずべからず | 少人数だからといってあなどってはいけない。また大勢だからといって恐れるに足りない。敵の強弱は人数ではない。味方は少人数でも一致団結すでば大敵を破ることができる。 |
こ | 心こそ軍する身の命なれ そろゆれば生きそろわねば死ぬ | 戦いにおける教訓。衆心一致すれば勝ち、一致しなければ敗れる。 |
え | 回向には我と人とをへだつなよ 看経はよししてもせずとも | 死者を弔って極楽往生を祈るには敵味方分け隔てなく、等しく祈りなさい。読経するもよし、しなくてもよいのである。日新公は敵味方の供養搭を建て冥福を祈られた。 |
て | 敵となる人こそはわが師匠ぞと おもいかえして身をもたしなめ | 敵となる人はもともと憎むべきものであるが、考えてみれば反面教師のようなものである。 すなわち手本ともなるものである。敵にも慈悲の心を忘れずに、自重自戒せよ。 |
あ | あきらけき目も呉竹のこの世より 迷わばいかに後のやみぢは | 光あふれる世界である現世でさえ迷っているのに、死後の闇の世界ではますます迷うだろう。 早く仏道を修めて悟りを開け。 |
さ | 酒も水ながれも酒となるぞかし ただなさけあれ君がことの葉 | 酒を与えても水のように思う者や、少しの酒で奮い立つ例もある。要は与え方の問題である。 人の上にたつ者は思いやり深く、情け深くあれという歴代藩主の教訓。 |
き | 聞くことも又見ることも心がら 皆まよいなりみな悟りなり | 我々が見聞するものは、全て受け取る側の心がけ次第で迷いになったり、悟りになったりするものだ。常に優れたものを受け入れる心構えをしておくことが必要である。 |
ゆ | 弓を得て失うことも大将の 心一つの手をばはなれず | 弓矢の道に優れて、士卒に信服され、戦に勝も負けるもただ大将の心の配り方ひとつにかかるものである。 |
め | めぐりては我身にこそは事えけれ 先祖のまつり忠孝の道 | 先祖を良く祭るものは、死後においては子孫が良く祭ってくれる。君父に忠孝なればなれば、子孫もまた忠孝を尽くす。世の中は回りまわるののであり自分に帰ってくるから先祖の祭りや忠孝にはげむべきである。 |
み | 道にただ身をば捨てんと思いとれ かならず天のたすけあるべし | 正しい道であれば一身を捨てて突き進め、そうすればかならず天の助けがあるはずである。 |
し | 舌だにも歯のこわきをば知るものを 人はこころのなからましやは | 舌でさえその触れる歯の硬いことを知っている。 ましてや人においてはなおさらなことである。交わる相手の賢寓、仁不仁を察する心がなくてはならない。 世を渡るには人の心の正邪善悪をわきまえて、用心が必要である。 |
ゑ | 酔える世をさましもやらでさかずきに 無明の酒をかさむるはうし | この迷いの世の中、その上に杯を重ねて酔いしれ、迷いの上に迷いを重ねて歩くのは情けないことである。 |
ひ | ひとり身あわれと思え物毎に 民にはゆるすこころあるべし | たよる者がない老人、孤児、寡婦に対しては情けをかけて一層いたわれ。人民に対しては仁慈の心で寛大に接しなさい。 |
も | もろもろの国や所の政道は 人にまずよく教えならわせ | 治める国や村の掟は、まず人民に良く教えさとした上で政治を行え。教えないで法を犯したものを罰するのは不仁の仕方である。 よくよく知らせて刑に落ちないように気をつけよ。 |
せ | 善にうつり過れるをば改めよ 義不義は生まれつかぬものなり | 善にうつり、過ちは改めよ。元来、義不義は生まれつきのものではない。心のありようで義にも不義にもなる。悪いと気づいたらすぐに改めよ。 |
す | 少しを足れりとも知れ満ちぬれば 月もほどなく十六夜の空 | 十の内7か8をもってよしとせよ。満月の次の夜の十六夜の月は欠け始める。 足るを知って楽しむ心が大事である。知足安分の教訓を持って47首の締めくくりとした。 首尾一貫薩摩藩教学の経典である。 |