戻る   甲府勤番風流日誌(第三巻)(山梨の名物編)

甲州印傳

この「印傳」は通常「甲州印傳」と称されるが日本のほかの地方では見たことがない山梨だけの名産である。

鹿の皮に漆で図案を描くもので、柔らかい革にトンボ、小桜、青海波等の伝統的なデザインが描かれハンドバックや財布、名刺入れなど大人の小物にふさわしい逸品である。江戸小紋にも見られるような細緻なデザインが整然と或いはランダムでありながら安定感のある不思議な模様には驚かされる。小さな柄の中に「瓢箪(ひょうたん)」の柄を見つけたときにはびっくりした。

印傳とは印度(インド)伝来のものといわれるもので、戦国時代から武将の甲冑等の技術として発達し、江戸時代には巾着( きんちゃく ) や、胴巻き、煙草入れなどの身の回りの品に応用されて人気を博した。現在ではハンドバック等の装飾品として山梨の名産としての地位を築いている。「インディア」が転じたものとの説もあるようであるが、山梨では印度伝来説が採用されているという。

山梨ではある程度社会的地位のある方と名刺交換をするときに印傳の札入れを使っている人と出会う。これを見ると、郷土の伝統のいいものをさりげなく使う大人だなと内心拍手を贈りたくなる。

山梨を離れて江戸城詰になった私こと甲府勤番(要するに本社勤務になったのである)は、出張先で印傳のペンケースを見かけた。

仕事で大阪簡易裁判所に行ったとき担当の調停委員の先生がこの紺地にトンボ柄のペンケースを使っておられた。これは難しい事案だったのであるがこのペンケースを見て「先生、これは山梨の印傳ですね。」というと「印傳を知っているかね。」ということでこの話しをきっかけに本音をフランクに話せるようになり、数回通う内に素晴らしい調停努力で円満な解決することができた。

この調停委員は元高松地裁の裁判官であったが、裁判官時代に友人の勧めで印傳を使うようになり長く使い込むうちに風合いと使い心地がまし、今では手放せなくなったと話しておられた。この印傳を作った方が聞かれたら涙を流されるような話しであろう。まさにこれが印傳のよさなのである。

JR甲府駅前の平和通にある甲府市役所と甲府警察署との間の通りを左折して、岡島デパートの少し先にある、甲州印傳の老舗「株式会社印傳屋上原勇七」の二階には印傳博物館がある。印傳の歴史や作り方はもとより、何より伝統の粋と繊細な美を体感できるお勧めのスポットである。

因みに東京港区青山の国道246号線沿の神宮外苑秩父宮ラグビー場そばにも印傳の老舗の店舗があることを紹介する。

私も甲府を離れるときにいつも昼食をお世話になった県庁そばの喫茶店「バリアンテ」のお母さんから私と妻に印傳の印ケースをいただいた。これは使い込むほどによさが出るため、そして甲府の人情と思い出をかみ締めながら日々使っている。

「甲州印傳」山梨を訪れたら買って帰りたいお土産であり、使いこなせば一生物となることは請け合いである。

 

2004.5.15掲載

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