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山梨県立美術館 

山梨県でいちばん有名な美術館といえば甲府市にある「山梨県立美術館」であろう。その理由は、あえて申すまでもなく「ジョン=フランソワ・ミレー」の絵があるためである。

ただ、この美術館の魅力はそれだけではない。館内に入り広いエントランスホールの階段を上がると右が常設展示室で左が特別展示室になる。

常設展示室に入るとまず日本画が展示されている。ただ暗い館内に入り、まずもって日本画を見せられると幾分気が重たくなる。ただその中でも山梨の生んだ女流日本画家望月春江(シュンコウと読む)の明るい画風に救われる。

そして日本洋画、日本版画と進む。日本版画の中では深沢幸雄のエッチングが重たい絵の中にあっては一陣の風のごとき爽やかさがある。

そして西洋版画、西洋油絵のコーナーへと進む。西洋油絵のコーナーは「ビルメゾン派」と呼ばれる画家たちの絵が展示されている。ビルメゾンとはパリの南にある小さな農村で19世紀の後半、パリにコレラが流行ったころ画家たちが移り住んでそれまでの宗教画的な作風から農村の現実の生活を写実的に描いた。この画家達をビルメゾン派といい、マネ、ルノアールなどで知られる都会的で明るい画風の印象派が起こる前の田園風景を描いた幾分暗めの作風を持つ一派である。ミレーもこれに属し「農民画家」と呼ばれるのである。正確にはビルメゾンの入り口の小さなフォンテヌボローという村に住み生涯を過ごすことになる。

従ってこれらの絵の前に立つと森や羊の群れがまるでそこにいるかのような強烈な存在感を持って迫ってくる。

そして最後の部屋に入るとそこだけが絵の前に手すりが付けられたミレーの絵の展示室である。正面には2副の絵があり、左には目玉ともいうべき「種をまく人」、右側には「夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い」の絵がある。前者はミレーが1850年のサロンに出品して大変な話題となり、その画家としての名声を浮動のものにした出世作である。同じ構図でもうひとつボストン美術館にある。

入り口の左側の壁にはこれもまた有名な「落ち穂拾い、夏」がある。オルソー美術館にある「落ち穂拾い」の3年前にかかれた同じ構図の絵であるという。

左側の壁にはミレーには珍しい宗教画の「冬(凍えたキューピッド)」がかかる。そしてそれに対する右側の壁には版画が6枚あり、その奥に聖母マリアを描いた「無原罪の聖母」とミレーの最初の妻「ポリーヌ・V・オノ」の絵がある。

私はこの美術館で最後の絵が一番好きである。「4分の3正面画」といわれるレオナルドダビンチの「モナリザの微笑み」と同じ構図を持つ肖像画である。黒い衣装をきた幼な妻の深い悲しみを湛えた微笑が胸に刺さる。その構図と意図が共に謎であるという。モナリザの微笑とまるで同じである。

ポリーヌは画家としてパリに出てきたミレーと結婚するが当時のミレーは絵を描いて生活をたてることはできずとても貧しかった。そのときの苦労がたたり結婚3年も経たず結核で亡くなるのである。ミレー自身もこの時代の貧しい生活が原因で生涯頭痛に悩まされる。

絵の解説に「この絵の構図と意図が謎である」と書いてあるが、私は7回目に訪れたときに私としてのこの絵の答えを見つけた。そして、その日のもらった展示品目録のカタログの下に持っていた万年筆でこのように走り書きした。

Without your sweet love  What would life be.」

これは2000年の夏、歌手の竹内まりやが18年7ヶ月ぶりに武道館でコンサートを開いたときのエンディング曲である。この曲は彼女が「結婚した後も音楽活動を続けられたのは夫である山下達郎(毎年クリスマスのなると「きっと君は来ない一人きりのクリスマスイブ・・」という彼の歌が流れるのでご存知であろう。)のおかげである。」と紹介した後に山下達郎とデュエットした「Let it be me」という曲であり、そのさびの部分がここに書いた「・・What would life be」という詞である。

すなわち「やさしい貴方の愛なしには、人生なんて何の意味があるの」と訳すのであろう(私の訳であり正確ではない)。

ミレーはこの絵にこのような思いを託したのではないかと思う。ポリーヌはミレーが売れない画家だったころの、日本的に言えば「糟糠(ソウコウ)の妻」である。薄幸の幼な妻の悲しみを湛えた微笑が胸を刺すと言ったのはそのような意味である。これ以上の講釈は要らない、奥様に苦労をかけたと思う方はこの前に立つとその意味を理解できると思う。そしてこの絵は私の人生の中で重要な意味を持つ一枚になった。

このような思いに慕っていると、有名すぎるミレーの絵があるばかりにある意味で日本的な美術館鑑賞・見学の縮図を見る場でもある。

ある一団は入館して足早に他の展示物はたいして見もせずに一番奥にあるミレーの絵に向かう。そしてその絵の前で立ち止まり、絵の値段の話をして立ち去る。特に観光バスの一団に多い。そしてある人たちはこの絵の前で「パリのあの美術館でみたけれど・・・」等など、その人の心の中に留めておいてくれればいい絵に対する知識や薀蓄も聞こえよがしに話されると品格を疑いたくなる。何度も足を運んだが故の弊害かもしれないが、いろんな人たちがいる。

ここで本当の意味でミレーを楽しむ為には展示室に入る前に2階のホールにあるビデオ「ビバルゾンの画家」を見ることを勧める。7分ほどのミレーの生い立ちから60歳で亡くなるまでの人生を紹介したものである。絵を見る前にこのビデオを見ることにより間違いなくミレーの絵を金額以外の観点から見ることができるようになる。

あせることはないこの7分間がこの美術館をより有意義なものにしてくれると信じる。私はここを訪れる度に必ずこのビデオをみた。そして心を落ち着けて展示室に入っていった。これによりミレー以外の日本画や作品も落ち着いてみることができるようになったと思う。これを見ることによりミレーの絵に何故、夕暮れの絵が多いか理解することができるであろう。これについては答えを書かない。ぜひ自ら訪れてほしい。

それにしてもこれだけの絵を310円で見られるというのはありがたい.


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