TOP 戻る  

耳取峠と開聞岳

坊津を代表する景勝地の耳取峠。ここから東に臨む枕崎の町と海越しに望む開聞岳はまさに一幅の絵。ここから望む薩摩富士こと開聞岳がシンメトリックで一番美しいと思っています。朝日を背景に浮かび上がる開聞岳は絶景です。
ただ開聞岳が順光になる午後には水蒸気が上がってきて霞んでくるためなかなか見ることができません。
耳取峠の地名は、この地で罪人の耳を切り取っていたという説とこの峠に来た人々が眼下にひろがる眺望の素晴らしさに見惚れ、立ち尽くしたことから、見ほれが訛って、耳取りになったという説があります。
耳取峠の展望公園

県立公園坊津の碑

坊津町制記念
坊津観光協会
昭和31年7月10日建立
耳鳥峠の全景
道路226号線の先は坊への下り坂になる。
「結ばれし 旅の思いを 大空に きょうこそ開らけ ひら聞きの嶽」 八田知紀
(はったとものり)
八田知紀(はったとものり)は幕末の薩摩藩士で桃岡(とうこう)の号を持つ歌人。

八田は久志小学校に転校してきた現在は俳優として活躍している同級生のN君のご先祖さまでした・(東京上野でのでの同窓会で知りました)
この開聞岳が一番でしょう。
朝焼けの開聞岳
鮫島氏より写真の提供をいただきました。
 山頂からの日の出

鮫島氏より写真の提供をいただきました。
 【老いらくの歌人川田順が詠んだ歌。】
老いらくの恋で知られる昭和の歌人川田順は昭和14年南さつまを加世田から笠沙、野間池、坊津、枕崎、長崎鼻と旅している。
枕崎のところで「半島の峠下りしかば青々しく稲孫(ひつち)の伸し冬田圃なる」と詠んでいがこの峠は耳取峠であろう。
そして「耳取峠の開聞岳は観たるかと漁業組合長先ず問ひしかも」という歌も詠んでおり枕崎の人達も耳取峠からの開聞岳を絶景として誇っていた様子が伺える。
野間池と川田順について。古事記の聖蹟残る野間岬  (平成31年1月加筆)

2011年(平成23年)12月31日 午前11時50分撮影 撮影地


夫婦で登る日本百名山 麹町ウぉーカー(麹町遊歩人) 会津見て歩記 甲府勤番風流日誌 伊奈町見聞記 鹿児島県坊津町 Good Journey(よい旅を!)