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=============麹町ウぉーカーNO32===========
麹町大通りを歩いていると、以前に比べて随分ときれいになったと感じませんか?千代田区で歩行喫煙が禁止になって1ヵ月たちます。 たまたま通勤途上、自分の住んでいる街でタバコの吸い殻のポイ捨てが多いなあと感じるようになりました。 気になる原因を考えてみたら、タバコの吸い殻が少なくなってきれいになった麹町のせいです。 街が清潔に綺麗に感じるということは、いいことですね。 歩行喫煙は、前から気になっていたものですから・・・・・・。 「麹町ウぉーカー」は、いつも路上の吸殻を気にしながら歩いているだけではありません。 仕事も終わり、一歩会社を出る頃はすっかり暗くなっている今日この頃です。 目線を遠くにすると四谷見附の向うに明るいネオンが・・・・。 「鈴伝」(既報)のお酒が「麹町ウぉーカー」を呼んでいます。思わず足が向いてしまいます。 四谷見附に門が有ったころは、麹町から簡単に四谷の街に行けたのでしょうか。 今回は、四谷見附の門の話題です。 (大) =================================== JR四ッ谷駅を麹町方面に出た所が江戸時代「四谷見附枡形門」があった場所である。現在では石垣の跡とその上に大きな木が植わっているだけである。 四谷見附は「外麹町口」、「四谷御門」とも呼ばれ、石垣は1636年(寛永13年)長州藩主毛利秀就が工事を始め、櫓門(やぐらもん)は1639年(寛永16年)、普請奉行室賀源七郎正俊と大岡左衛門正清によって建てられた。 「見附」とは城を守るための番兵の居場所という意味である。四谷見附は市ヶ谷見附、赤坂見附、喰違見附などと共に通称36見附と呼ばれるが、実際にはそれ以上の見附があったといわれ、たくさんあるという意味で「36見附」と呼ばれていたという。 この四谷見附の枡形(ますがた)門というのは城を守るために適した複雑で堅固な形式である。 桝形門とは、四方に石垣を巡らした四方形の広場の外側に「高麗門」という門を作り、内側には「渡櫓(わたりやぐら)門」を「高麗門」に対し直角に配し、その他を塀や多門櫓で囲むのである。 門が「コ」の字の枡の形に開けているところからこの名がある。 敵が外側の高麗門を打ち破って枡形の中に入ってきても渡櫓門を閉めて三方の塀や櫓の狭間(鉄砲を撃ったり矢を射たりするための丸や 桝形門は近代城郭建設においては必須の門の形式であり、江戸城では大手門や田安門もこの形式の門である。また現在NHK大河ドラマ「利家とまつ」で知られる金沢城の石川門も、大阪城の大手門もこの桝形門である。 四谷見附門は、JR四ッ谷駅新宿区側の現在の「新道通り」の前から土橋(現在では新四谷見附橋)を渡り、駅の脇に残る石垣の上に生える大きな木の辺りから雙葉学園前のロータリー、サンサン広場にある公衆トイレ、そしてJR四ッ谷駅麹町口に築かれていた。 ここにあるトイレの建設工事のときに四谷見附門の遺構が出てきたらしい。
ところで四谷見附の城門は1872年(明治5年)に取り壊され、明治27年に外堀の一部を埋め立て甲武鉄道(現在のJR中央線)四谷駅が開業した。 この駅の開業により新宿側の四谷はかなり商店が立ち並びそれにかなり物価が 安かったことから日本橋や新橋に行かずとも用を足せるということで、近隣から多くの人が集まりかなりの賑わいであったといわれている。 =================================== 桝形門のことが出ているサイトです。簡単な絵もありますよ。 http://www.ne.jp/asahi/taniyan/castle/html/kiso/kisoboubi.htm 最初に書いた千代田区のポイ捨てに関するサイトです。 H氏のホームページには写真も載っていますよ。 メルマガのバックナンバーは次のアドレスへ |