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===========麹町ウぉーカーNO28==============

日曜日の夕方、テレビから「サザエさん」のテーマが流れてくると「明日は月曜日か」となんとも言えない気持ちになってしまうのは、私だけでしょうか。

磯野家の主人、磯野波平。多くの趣味を持つお父さん。

マスオさんと縁側で将棋でしょうか、囲碁でしょうか打っている場面が出て

くる度に懐かしく思ってしまいます。

最近は、子供の間で、囲碁が静かなブームとのこと。

早速H氏は、日本棋院会館へ確かめに出かけました。

===================================日本棋院会館の写真  ヒカルの碁の写真

JR四ッ谷駅を靖国神社方面に進み、最初の角を曲がると、昔お菊さんが帯を引きずりながら逃げたという言伝えのある「帯坂」である。

日本棋院会館

(以前、番町皿屋敷で紹介させて頂いた。)

この坂の中ほどに囲碁の総本山「日本棋院会館」がある。

中に入ると薄暗いロビーの正面には過去の有名な対局の写真や碁盤が飾られている。

レストランの入り口前の壁には売り物の碁盤が並べられ、左側の壁の前には偽物の熱帯魚が飼われている(NEC社製の魚百景といわれるテレビの観賞用水槽である)。

二階には囲碁に関する書籍や碁石(緑色の碁石もある)、碁盤、有名な棋士の使っている扇子を販売している売店がある。

さらに大きな広間は一般対局室になっており愛好者が対局をしている。

その人の多さには圧倒されてしまう。

特に子供の多いことにはびっくりする。

売店の書籍売り場では定石などの本を母親に買ってもらっている。

定石のハンカチまである。

しかし、その真剣さには驚く。全て、碁を愛する子供のエネルギーであふれている。

何故にここまで子供に囲碁に人気があるかご存知であろうか。

それは「週間少年ジャンプ」に平成11年から連載が始まった、原作「ほったゆみ」、漫画「小幡健」、監修「梅沢由香里(4)」による「ヒカルの碁」の人気によるところであることは間違いないであろう。

その内容を少し紹介するなら以下の通りである。

『小学校6年生の進藤ヒカルは祖父の家の屋根裏で古い碁盤を見つける。

それには平安時代の藤原佐為(以下「佐為」という)という棋士の霊が宿っていた。佐為の霊は江戸時代の本因坊秀策にも宿り、秀策を古今東西一番の棋士にしていた。そして佐為の霊はヒカルに乗り移り、現世に舞い降りる。

これにより碁に目覚めたヒカルが、初めて町の碁会所で偶然打った相手がヒカルの碁

ヒカルと同じ年で碁の世界のエリート「塔矢アキラ」であった。

最初の手合いは当然、ヒカルに宿る佐為が打った。

この手合いを才能あふれるアキラは、ヒカルのぎこちない石の持ち方に反して、

石の打ち方は、はるかな高みからアキラの技量を測ろうとしていると認識する。

この対局がきっかけとなってアキラはヒカルをライバルとして認識し、彼を恐れ

それを勇気として成長し、一足先にプロになる。

ヒカルも佐為による指導もあって碁の面白みと自らの碁に目覚めていく。

ヒカルの才能を見抜く力のある者達は、ヒカルの潜在能力を認め、そして恐れ、それに比例してヒカルが自信をつけていく。中学生1年生のヒカルはアキラという

ライバルに導かれるようにプロへの道をひた走ることになる。

ヒカルの周りの子供たちだけでなく本因坊や名人などの大人達も、ヒカルの中に

棋士の憧れである1000年のいにしえの技「神の一手」を見る。

そして彼に関係する全ての棋士たちが競い合う。」という話である。

不条理なことが多い昨今、囲碁という勝負の世界で努力する姿を通じて清清しい人間関係と夢を求めて努力する者達の世界が描かれて大人の鑑賞にも堪えうるものである。

今年の本因坊戦は加藤正夫9段(55歳)が王銘?(おうめいえん)本因坊を第6局で破り、22歳で本因坊に初挑戦してから23期ぶりに本因坊に就いた。

毎日新聞によると「20代から40代がタイトルを占める囲碁界において50代の星が躍り出た。・・若い頃は「殺し屋加藤」、円熟してからは「ヨセの加藤」と異名があるが、常に積極的に最強の手段を繰り出す積極的な姿勢が目立った。

年齢のことも含め・・前進し続ける加藤の碁はこれからも進化し続ける。」とあった。

この新聞記事を読んで私の職場から皇居越しに見える日比谷の第一生命ビルのことを思いだした。

このビルはGHQの司令部があったことで知られているが、ここにマッカーサー差元帥の執務室がありそこに、元帥の愛したサミュエル・ウルマンの「青春の詩」が架かっていたといわれている。

それはYouth is not a time of life , it is a state of mind !」

(青春とは人生のある時期のことではなく心のもち方である・・)という有名な詩である。

 

この夏休みは那須高原のキャンプ場で友人の家族と過ごした。

ランタンの灯るタープテントの下で中学生の息子と友人の子供たちは「ヒカルの碁」のイラストの書かれた紙の碁盤に向かって時間を忘れて碁を打っていた。

我が家の息子は始めて石を持ったが、目を作ることと地を広げるという簡単な

ルールですぐにその面白さを理解したようである。

この碁への興味が一時的であるにしろPSUのバトルゲームやPCゲームが子供の遊びの大部分を占める現在、伝統の囲碁に子供達が興味を示してくれていることがうれしい。

平日の昼間に日本棋院会館を訪れると男性は仕事をリタイヤし年配の方が多いが、外人さんから女性まで幅広い年代の囲碁愛好者であふれている。

しかし、日本棋院会館の2階から上の階はプロを目指す者達とプロ棋士達による素人にはうかがい知れない厳しい修練と戦いの場である。

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囲碁が子供に人気と、Asahi com の記事です。

http://www.asahi.com/igo/topics/020530c.html

 

H氏のHP、会津の「みどころ・たべどころ」を、

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